有馬玩具博物館 Arima Toys & Automata Museum の誕生
これは、有馬温泉でおもちゃに夢を持った3人の物語です。
加藤裕三というおもちゃデザイナーがいました。
彼は世界中を旅して様々な遊びに触れ、子どもたちに寄り添ったおもちゃ作りをしていました。
グリコのおまけのおもちゃデザイナーを務め、7年間でデザインしたおもちゃの数は260点ほど。寝る間も惜しんで、来る日も来る日も新しいおもちゃの設計図を書いていました。
ある日、阪神淡路大震災がおこりました。西日本は混乱し、大きく揺らぎました。
工場の被災により、これまで作ってきたおもちゃづくりは上手くいきません。
加藤は、張り詰めた糸が切れたかのように木工道具を投げ出してしまいました。
彼方此方をさすらい沈んだ日々を送るなか、加藤にある声がかかります。
友人であり、オートマタ作家の西田明夫が言いました。
「一緒に、おもちゃを作るスタジオをやろう。」
西田はサラリーマンを辞め、岡山県旧東粟倉村でペンションを経営しながらオートマタを作り、作家として国内外で活躍していました。
彼の作品はかたちの美しさと動きの美しさが兼ね備わり、見る人を魅了しました。ひとり、またひとりと彼を慕って木工作家やおもちゃ職人が集まり、東粟倉村はいつしかおもちゃの村と呼ばれるようになりました。
そして、ついには現代玩具博物館というおもちゃの博物館が誕生し、西田はその館長さんになりました。
阪神淡路大震災が起こったとき、幸い東粟倉村には大きな被害はありませんでした。
しかし西田は友人が震災の影響でおもちゃ作りをやめてしまったことを知り、何かできることはないかと考えました。
今できることを一つ一つ、地道にコツコツ積み上げればきっと前に進める!
ふたりでマメに頑張ろうという意味を込めて「BEANS STUDIO」を立ち上げました。
BEANS STUDIOの出発は、二人の展覧会からでした。
声をかけたのは、西田のペンションに通うお客さんであった金井啓修でした。
金井は有馬温泉で生まれ育った老舗旅館「御所坊」の十五代目です。彼は、震災の被害を受けた温泉街の復興に奮闘する日々を送る中で、古い蔵を改装して雑貨やアーティストの作品を扱う店を始めることを思いついたのです。
西田と加藤の展覧会は大成功。
三人の親交は深まり、加藤は度々有馬を訪れるようになりました。
ある時、加藤は真剣な顔で「この近くに産婦人科ないかなぁ」と金井に尋ねました。
よくよく話を聞くと、妊婦さんにむけて、これから生まれてくる子どものためにおもちゃを作る教室を開きたいと言うのです。
おもちゃ作りのなかで、赤ちゃんの手のサイズや口に入れても大丈夫なかたちなどを一緒に考えていく。それを見ていた旦那さんが、今度は僕がとまたおもちゃを作りにくる。
そんなふうにしておもちゃと出会う子は、きっと素敵な育ち方をするだろう、と加藤は言いました。
金井は考えました。
有馬温泉は京都・大阪・神戸といった京阪神の都市に近く「昔は親によく連れてきてもらった」と子供の頃から親しみ、また自分の家族と共に訪れる人も少なくありません。
一生に一度ではない街。家族が世代を超えて楽しめる街を目指すべきだ、と改めて思ったのです。
子どもの本質・家族の本質・おもちゃのあり方、そして有馬温泉の未来……いろいろなピースがぴたりと重なりました。
「有馬温泉におもちゃの博物館をつくろう!」
とはいっても博物館を作るというのはとても大変なことです。
加藤と金井は金の湯の前、有馬温泉の中心地に店を借り、まずはおもちゃ屋さんを始めることにしました。
おもちゃ屋さんの名前は「ALIMALI」。有馬のアリと、加藤が旅し、おもちゃづくりの原点ともなったアフリカ大陸にあるマリ共和国のマリを合わせたのです。
加藤の初めての店長業は大変なものでしたが、博物館の夢へは一歩一歩、少しずつ近づいていました。
しかし、そんな加藤を病が襲います。
もう長くはないことを悟った加藤は、金井の従兄弟でありデザイナーでもある中崎宣弘に博物館のイメージスケッチを描いてもらい、西田に託しました。
「あとは、よろしゅうたのんます。」
そうして加藤は、風薫るこどもの日、2001年5月5日に永遠の眠りにつきました。
親友の夢を叶えようと、西田は有馬に居を移して博物館設立のために奔走しました。
岡山の現代玩具博物館と館長を兼任したため多忙を極める日々でしたが、2003年7月、ついに有馬玩具博物館は誕生したのです。
それから長い年月が経ちました。
西田も病によりこの世を去って久しく、西田と加藤が並ぶ姿を知る者はごくごく僅かとなりました。
有馬玩具博物館は、加藤と西田の夢を継いで私達「SECOND BEANS」の仲間たちが運営しています。遊びに来てくださるお客さまや、アドバイスをくださるアーティストの方々に支えられた博物館です。
この博物館での出会いが、子どもや家族・おもちゃや遊びについて考えるきっかけとなることを願っています。